『人を信じられない病―信頼障害としてのアディクション―』のご紹介

小林桜児さんの『人を信じられない病―信頼障害としてのアディクション―』(日本評論社2016年)をご紹介します。


アルコール依存症の人たちに対する援助アプローチとして「動機づけ面接」が主流になっているのに、昔の「底つき体験」を進めることが基本、と考えている援助職がまだ少なくない、という話を、先ごろ、PSWの知人から聞きました。


私自身、昔、「障害者・病者と家族関係」とか「アルコール依存症者をめぐる相互作用とラベリング」といった論文を書いていたとき、妻が夫の飲酒に関与せず「妻自身の人生を生きる」ことを支援することで、夫の「底つき体験」をもたらす、ということが効果的な治療法と考えていました。


その後、嗜癖問題の研究と実践から離れ、10年くらい前に、高齢者虐待防止への安心づくり安全探しアプローチ(AAA)を仲間と開発したころ、援助を拒否する人へのアプローチを検討した際、「動機づけ面接」の本に目を通しました。ですが、そのときは解決指向アプローチと似ているなという印象をもっただけで、きちんと読まず、それ以上、理解しようとしませんでした。


ですので、今回の知人の指摘は、私自身にもあてはまりそう、と思い、知人に動機づけ面接を学ぶための本を推薦してほしいと頼みました。アディクション全般について読みやすい本として紹介してもらったのが本書です。


興味深く読みました。アディクションは信頼関係障害、動機づけ面接はソーシャルワークの基本的価値と原則に基づいた面接。この2点について、小林さんの文章を勝手にまとめさせてもらい紹介します。

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覚せい剤や多剤といったハードドラッグ群のアディクト(嗜癖者)たちは、貧困家庭に育った者が多く、15歳までに親による虐待や暴言にさらされた体験、離別や自殺などによる親の喪失体験、怠学や非行経験、いじめられた経験などをもっている者が多い。


彼らは、いくつもの生き辛さのなかで、なんとか生き延びてきたものの、安心感や安全を提供してくれる他者との出会いがないまま孤立していった人たちである。


アルコールや向精神薬、危険ドラックなどのソフトドラッグ群のアディクトは、ハードドラッグ群に比べると虐待体験など明白な生き辛さをもっておらず、学校を卒業し、就職してそれなりに社会に適応している者が多い。


だが、親に抑圧、支配されてきた生育歴など、その人なりの生き辛さを抱えている。心理的安心感や満足を犠牲にし、我慢と周囲への過剰適応によって生き延びてきた人たちである。しかし、周囲に自分の感情を受け止めてもらえない無力感と、抑圧された不満や怒りは決して消えていない。


全般的に「明白な生き辛さ」を抱えているハードドラッグ群のアディクトたちも、「暗黙の生き辛さ」を抱えているソフトドラッグ群のアディクトたちも、信頼感が総じて低い。ハードドラック群とソフトドラック群のうちのアルコールのアディクトは、重症な者ほど他者への信頼度が低く、ソフトドラッグのうちの薬物アディクトたちは、自分への信頼度が低い。


どちらにしても、なんらかの生き辛さがあり、それによって、早い段階で家庭や学校に居場所を失うか、居場所があっても我慢と努力(過剰適応)を続けなければ、周囲に見捨てられてしまうとういう不安を抱え、やがて、人よりもアルコールや薬物という「物」の薬理効果に頼り、しがみつくようになっていく。


つまり、アデイクトは「信頼障害」と言える。

こうしたアディクトたちに対する支援の方法としての動機づけ面接の原則は、以下のとおり。


・ 「やめさせたければ、『やめろ』と言わない。」正論を説くという「正したい反射」は、反発心を誘発する。
・ 「上からの目線」を排除し、援助者の価値観で裁かない
・ 患者が関心を寄せる話題を優先する
・ 患者の欠点より長所をみつける
・ 患者の語っている内容から、その本意を援助者が汲み取り、要約して返す
・ 断酒断薬へと踏み出す「変化の言葉」を喚起するような開かれた質問を行っていく
  「現状の何を変えないといけないと思っていますか?」
  「仮に断酒断薬ができたら、何が変わるでしょう?」-----

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この原則、信頼関係(ラポール)の形成を第一に考えるソーシャルワークの援助原則そのものです。また、関係形成が困難な養護者との関係づくりの方法として開発したAAAの基盤とする解決志向アプローチの哲学、スキルとも重なっています。


信頼関係障害をもつアディクトに、状況の変化への意欲、動機をもってもらうためにやることは、まず、信頼関係づくり。言われてみれば当然のことですね。

(著者は、他者が信頼できないこと、自分を信頼することができないことを合わせて、「信頼障害」と名付けていますが、私は信頼関係障害と呼ばせてもらいました。)


ただし、著者もきちんと指摘しているように、このアプローチは、断酒断薬の必要性を一切感じていない人には効果があまり期待できないですし、そもそも面接にやってこない人にはどうするか、という問題があります。

また、著者も言及しているように、信頼関係障害仮説がすべてのアディクトに当てはまるわけではないでしょう。


それでも、信頼関係づくりを第一とする面接法は、相手を傷つけるおそれがほとんどない、やってみるべき価値のあるアプローチでしょう。改めて動機づけ面接にかんする本を読み、その基盤となる理論や理解し、高齢者虐待事例への対応法の一つとして考えてみたいと思います。


(副田あけみ)