施設従事者等による虐待に関するUビジョン研究所報告(No2)

 2回目のテーマは、Uビジョン研究所の『認証・評価機関から見た特別養護老人ホームの虐待事案における発生要因の分析と対策・考察~2022年9月~2023年12月までにメディアで報道された27件の虐待事案から~』(2024年3月。以下、『Uビジョン報告書』)が、虐待の種類ごとに指摘している発生要因と対策についてです。

 

 報道された27件の事案のうち、【身体的虐待】は20件で、そのうちの5件が傷害致死の事例でした。

『Uビジョン報告書』では、近年、傷害致死が多くなっているとし、その理由として、利用者の重度化により、職員の怒りに任せた力加減のない暴力が重体をもたらしているとしています。

 

「虐待の動機」を抽出できたのは27例中の7例のみだったようですが、その中で多かったのは、やはり、以下のような怒りやイライラという否定的感情でした。

 ・入居者からおなかが痛いと訴えがあり、確認して「特に異常がない」と言ったら、「バカだからわからない」などと言われて激怒した。

 ・日中、10名を一人で見守りしているとき、他の人の介助も必要な状況のなかでいろいろ頼まれ、「気が利かない」と言われて腹が立ち、衝動的に蹴ってしまった。

 ・介護のストレスがたまっていて、イライラを抑えきれなかった。

 ・夜中に言うことを聞かず、歩き回るからイライラしてやった。

 ・言うことを聞いてもらえず、イライラしていた。

 

『Uビジョン報告書』は、職員が怒りに任せて暴力を振るってしまう背景と対策について、その豊富な施設現場の訪問・観察・評価経験をもとに、次のように言っています。

 

日常的に入居者の暴言・暴力を受け、同僚や上司に相談したが対応してくれなかったという傷害致死事例に見られるように、利用者の対応に困っている、不安を感じている、やるべきことが多すぎて対応できないといった職員に対して、真剣に向き合ってくれる人がおらず、孤立し、辛さに耐えながら負担を増幅させている。

 

組織は、職員が利用者から介護拒否や暴言・暴力、ハラスメントを受けていると分かった段階で真摯に向き合い、対応方法についてスタッフみんなで対応する必要がある。

 

抽出できた7件の「虐待の動機」の中には、「いじめると反応が面白く、いじめ感覚だった」というものも1件ありました。

しかし、施設内で起きる虐待には、『Uビジョン報告書』が抽出した上記のような利用者に対する怒りやイライラが抑えきれず衝動的に暴力に至ったものが多いのではないかと思われます。

 

増え続ける業務量に対して人材不足が著しく、過重負担が強まるなかで、職員は強いストレスを抱えがちです。利用者の拒否的態度やハラスメント行為は、こうした環境のなかでこそ発生しがちです。しかし、多忙で、強いストレス下にある個々の職員は、こうした状況に気づきにくく、利用者のそうした態度や行為によって、イライラや怒りを感じやすくなっていると考えられます。

 

イライラや怒りが身体的・心理的暴力の引き金とならないようにする、ストッパーの役目を果たすのは、やはり職場のコミュニケーションです。

新人であれベテランであれ、同僚や先輩、上司に’SOS’、’Help me’を言えること、つまり、「〇〇さんのことで相談したい」、「〇〇さんのことについて意見を聞きたい」と伝えられること、そして、同僚や先輩、上司が真剣にそれを聞いてくれ、一緒に対応を考えてくれること、です。

 

一度や二度はグッとがまんをし、同僚や上司に相談した、でもちゃんと話を聞いてくれなかった、一応聞いてくれたが結局なにも対応してくれなかった、あるいはまた、そもそも相談できるような雰囲気の職場ではない、頼れるような同僚や先輩、上司はいない、といった状況であれば、『Uビジョン報告書』も指摘するように、引き金は簡単にはずれます。

 

一緒に対応を考える方法として、AAAでは土屋典子たちが「ちょこっとカンファ」を提案しています。これは、職場のコミュニケーションを活性化させる方法の一つとも言えますが、これについては後日、改めて触れることにします。

 

最後に一言。要介護者という「弱者への支援者」といった感覚を職員がもっていると、利用者の拒否的態度やハラスメントにイライラや怒りを覚えやすくなるかもしれません。イライラや怒りの感情は、自分の思うようにいかない場合に起こりやすい。「(あなたのために)〇〇してあげたのに、なんで、、、」「〇〇しましょうと言ったのに、なんで、、、」と。

 

利用者の重度化によって、利用者を主体として捉える意識は弱くなるおそれがあります。支援していると思いながら、利用者が何によってそういう態度や行為を取るに至ったのか考えることがおろそかになり、利用者をコントロールしたいという無意識の願望がさえぎられることで苛立ってしまう。

 

時間的、精神的にゆとりのない職場環境が、こうした傾向を助長します。職場環境のありようについては、後日また述べることにします。

 

次の第3回は、ネグレクトと心理的・精神的虐待についてです。