Uビジョン研究所報告(No3): ネグレクトと心理的虐待

 3回目のテーマは、『Uビジョン報告書』)(『認証・評価機関から見た特別養護老人ホームの虐待事案における発生要因の分析と対策・考察~2022年9月~2023年12月までにメディアで報道された27件の虐待事案から~』(2024年3月)の指摘するネグレクトと心理的虐待の発生要因と対策についてです。

 

 報道された27件の事案のうち、【ネグレクト】は3事案、【心理的虐待】は11事案でした。ただし、【ネグレクト】のうちの1事案は、利用者55名のおむつ交換を怠っていたというものです(排泄用品が不足していたため、少し汚れても替えず一つのおむつを切って使っていた、そのため、衣類が濡れるほどの失禁もあった)。

 

 この施設では、前年にも同様のことが起きていることから、『Uビジョン報告書』では、物品管理など組織体制に本質的な課題があると指摘しています。

 

組織体制もさることながら、前年に同様の事案が発生したとき、行政がどのような指導をし、その後のフォローを行っていたのか、気になります。

 

『Uビジョン報告書』(特養ホームおける虐待の発生要因分析とまとめ.pdf (u-vision.org)によると、この事案以外にも、1施設で5件のネグレクトが判明したケースもあります。

「早くしてと言われる」「頻回にコールを押す」といったことが多いと、無視する、コールを外す、手の届かないところに置くといったネグレクトが、職員の少なくなる時間帯に多く発生しやすい。

 

認知症の人に対する「うるさい」「黙っとけ」「座っとけ」などの暴言や、83歳の女性への「ボケが、死ね」「気持ち悪い、死ね」といった発言などの心理的虐待は、ネグレクトがエスカレートしたと言えるケースが多い。

 

「何度言ってもわからない」「同じことを繰り返し聞く」「要求が多い」といった場面で起きやすいネグレクトや心理的虐待は、気づいている職員がいてもなかなか通報されず、数年単位で行われていた事案もある。

 

これらの背景には、職員がノルマに追われたり、支援が必要な人を一人で複数人みなければならないといった状況がある。こうした状況が常態化すると、不適切な態度、言葉が無意識行動になって習慣化していく。

 

『Uビジョン報告書』は、このように指摘した上で、習慣化している言動は研修だけでは改善されず、一つ一つの場面で注意(相手の自尊心に配慮しながら)していくことで意識化できるよう根気よく指導していくことが有効と言っています。ただ、習慣化した言動が長年続いていたとしたら、指導してもよくなる可能性は低いとも言っています。

 

たしかに、習慣化している乱暴な態度や言葉は、介護の理念や倫理、知識、技術等を研修で学ぶだけでは変わらないでしょう。また、日常的にそうした言動を繰り返す職員は、利用者だけでなく、周囲の職員にも威圧的な態度を示す人であったり、同じような言動をする職員が複数いる、といったことがあるかもしれません。そうなると、先輩や上司の個別的な指導もなかなかむずかしいと想像されます。

 

組織の職員体制を見直し、職員の過重労働の改善を図るといった状況改善は必須です。それとともに、ちょっと気になる(「虐待の芽」とも言えるような、ちょっとよくないなと感じられる)言動や状態に気づいたら、その職員が躊躇せずできるだけ早い段階で相談できるよう、相談窓口(上司や虐待防止委員会の相談担当者等)を職員全員に周知しておく、また、受けた相談については、上司や相談担当者、施設管理職等が、相談者・気になる言動をした当該職員・周囲の職員等へのていねいな聞き取り調査を慎重に実施する、といったことが必要です。

そして、その結果をもとに、必要に応じて施設長等とも相談し、対応(当該職員との話し合いや個別指導、職場全体での話し合いやミニカンファレンス等)を検討していくことが求められます。

 

もちろん、虐待やその恐れに気づいた職員が、行政や警察に直接相談・通報することも取るべき対処の一つです。実際、厚生労働省『令和4年度度高齢者虐待の防止、高齢者の養護者に対する支援等に関する法律に基づく対応状況等に関する調査結果』でも、相談・通報者としてもっとも割合が高かったのが「当該施設職員」です(全体の27.6%。)

 

ですが、虐待やそのおそれの状況に至る前の、ちょっと気になる段階で気づき、対処すること、習慣化させないことがやはり重要でしょう。気づきと相談を促すためには、体制づくりとともに、職場での同僚間・同僚上司間のコミュニケーションの円滑化や、職場における心理的安全性の確保も必要です。これらについては後日、触れたいと思います。

 

なお、ていねいな聞き取り調査や話し合いにおいても、また、個別指導や職場全体でのミニカンファレンスなどにおいても、職場や仕事の現状について一通り聞いたら、当該職員や同僚、職場のストレングス(強み、よい点、悪くはない点等)・資源を引き出す/発見する質問をする、そして、引き出した/発見したストレングス・資源について、コンプリメント(それはいい、それなりによくやっている、それができているというのは素晴らしい、といったプラスの評価)をする。気になる点や課題等を確認する質問は、これらの後のほうがしやすいはずです。

 

明確になったストレングスや資源を、また、気になる点や課題を踏まえた上で、今後の目標、たとえば、1年後にどのような介護者になっていたいのか、どのような職場になっていたらよいと思うのか、具体的なイメージを話し合う、そのイメージに到達するには何をタスクとしていけばよいかを話し合う。こうしたやり方も、対応の一つの方法と考えます。